他愛ない日常を彩って。 

目にうつる全てのことはメッセージ

魔女の宅急便 東京公演が終了しました。

あっという間の4日間だったな。

発表されたのが2月10日。

こちらもまた、あっという間の半年間だったなぁ。


作品自体やそのほかのいろいろを振り返るにはまだ少し早すぎるかなぁと思うので今思うこと感じたことをぽつぽつ綴っていこうと思います。だけどその中で自ずと作品に触れることもあるかと思うのでその点はご了承ください。

ほらもう、この時点で何が言いたいのかよくわからない 。



思えば新たな顕嵐くんに出会うたび感想文と銘打ってブログを書きがちですね、近ごろは。ツイッターも好き勝手書いてる。あと実はファンレターもよく書いてる。完全に自己満だけど、楽しいです。とっちらかった文章だけど、やっぱり書くことが好きなんだなと思います。

時間的なことはもちろんだけど何かと余裕がないと書けないことにも気付いてきたので、自分から好きなことを取らないでいてあげるためにもちゃんと余裕を持って生きていきたい所存です。






初日公演。目で見てわかる緊張感だった。14歳の役柄を演じるということでいつもより高めにかなり張った声と大きく広げた両手、血管が浮き出るほど力が入った両腕。全身から緊張とプレッシャーと、そしてなんでだろう不思議と自信も伝わってきました。


んーやっぱり緊張とは少しちがうかなぁ、リラックスできていないというかなんというか。とにもかくにも、早くその少しだけ入りすぎた力が和らいだらいいなと思っていました。声量、あと低音の響きの弱さが若干気になったものの、声の伸びやかさは目を見張るものがあったし、これはツイッターにも書いたけど意識して出すことのできない母音の余韻がとても美しかった。

空を飛びたいトンボの思いが高いところで漂っていて、ここは本当にうまく言葉にできないがもどかしいのだけど、すごく素敵でした。技術的なことは分からないし、はかれないし、比べられるほどほかのいろいろを見ていないけど、わたしはすごく好きでした。

でも絶対もっと伸びる。だからもっと好きになるんだろうなとも思ってる。




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お花も綺麗で嬉しかった。各雑誌さんが持つ顕嵐くんの印象はこんな感じなのかな?とか、いろんなことを考えながら見てました。   


そして、原作者である角野さんが、初日公演を終え泣いてくださったと聞いた時もすごく嬉しかった。映画のトンボらしさももちろんですが、わたしは原作を読んだ時に感じたトンボのイメージがあって、所々でそのイメージと顕嵐くん演じるトンボとの印象が合致する瞬間があって、嬉しかったです。角野さんが思い描いたトンボという男の子、作品の世界観を体現できていたんだなぁとすごく嬉しくなった。それでいて、とびきりの愛らしさを添えて、顕嵐くんが演じるトンボをきちんと成立させていたことが本当に嬉しかったです。





わたしは、「目がちがうな」の下りが好きなのでいつか言ってもらえたら嬉しいよ←






あと、当たり前だけど、これは顕嵐くんがいないと成り立たない舞台なんだと思いました。

思い返すとジャニーズオールスターズアイランド内、顕嵐くんは個人の台詞がひとつもありませんでした。Love-tuneのパフォーマンス時など中心にいることはあったし、舞台にいる総時間でいったらなかなか大変なものだったとは思うけれど、個人での台詞がひとつもなくて。わたしはすごく悔しくて。あまりマイナスなことは書かないようにしようって思っているし、きちんと自分の与えられた役割と立ち位置で頑張る姿を見たからこそ、あえて大きな声で言うことはしませんでしたが、本当に悔しかったんです。



そうした思いを抱えながら、観劇後を過ごし、少し記憶が薄れ出したくらいに発売されたある雑誌でのコメントが目に飛び込んできました。




「1幕の頭にある出演者全員が出てるシーンが好きだった!ステージに立ってるよろこびがあるし、"自分もオールスターズのひとりなんだ"って気づかされるから。公演期間中、楽しいことばかりで、ツラさはあまりなかったよ。」


この言葉を聞いた時、なんだかすごいなぁと思って。できてるなぁって。同時にじぶんの浅はかさというか、器の小ささ・見てる景色の狭さみたいなものを感じてちょっと落ち込みました。これは本当に大反省だったな。

だけどやっぱり、こうした考えができる顕嵐くんだからこそ、きちんとした形で報われてほしい、シンプルにわたしがその姿を見たいと考えるようにもなりました。




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同じくこちらも好きなテキストです。良い変化が見て取れるし、いまもなお本質的な部分はここに繋がっているから、何度読み返しても何度でもぐっときます。




冒頭に戻ります。アイランドが顕嵐くんなしでも成立する舞台だとはさすがに言えません。だけど物語の展開上可能ではあると思っていて。

KAT-TUNの亀梨くんがJr.時代に事務所の方に言われたという、「君は箒ではけばいなくなる程度のジュニア」という言葉がわたしにはずっと残っています。そういう存在だと考える人がいるんだって、衝撃だった。これはもうしつこいくらい話してるけど、「Jr.は応援できる自信がない」と考えるようになった、大きな理由でもあります。


だから、顕嵐くんを応援しようとはすぐ思ったけど、きちんとファンになることを決めるまでは、実はすごく悩んだし不安だった。たかがオタクの戯言なんだけどねぇ、毎回思うけどわるい癖だよね。今思うとすごく失礼なんだけど、嗜む程度に、目の保養として、とか思ったりもしてました。


でも、できなかったです。どうしようもなく、彼の仕事に対する、自分の夢に対する心意気を好きになってしまった。応援したいな、ずっと見てたいな、幸せになってほしいなと思ってしまった。その姿を持って納得させられたわけです。前の記事にも書いたけど、こんなはずじゃなかった。こんな気持ちになるなんてさらさら思わなかったのに、どうしようもなく惹かれてました。




アイランドとの対比になってしまうけど、今回の舞台は彼がいないと絶対的に話が展開しない物語である点が、まずとても眩しかったです。舞台の真ん中、新国立劇場という歴史ある劇場の、0番の位置で 歌い踊り台詞を発する顕嵐くんが眩しくて、顕嵐くんが舞台のいちばん前そして真ん中にいる時に幕が降りることが本当に誇らしかった。嬉しかった。





「だって僕には夢があるから 飛べないからこそ見れる夢が」(1幕 コリコの町)


「ずっと待ってたこの瞬間」(2幕 夢見た景色)



歌自体も大好きなのですが、ここのフレーズたちは聞くたびに泣いてしまいます。がんばってメモしたからきっと間違いだらけの歌詞も載せておきます。



できないからこそ持てる夢がある、ってその考え方が素敵だし、なんとなく顕嵐くんもそういうお考えの持ち主なのかなと思っている。できないことやうまくできないことをきちんと自分で分かっていて、だからこそ、伸びるため改善するために、目標と高い志を持って努力をするひとだなと感じています。かっこいい。





突然だけど、今回の記事タイトルは映画版の主題歌である、「やさしさに包まれたなら」から拝借しました。五七五になってるいるの、すごいよね。


歌詞の序盤から刺さりまくる。おとなになったら願うだけで神様が願いを叶えてくれることなんてきっとなくなってしまう。

その代わりに、言霊という魔法によって、奇蹟が起こるのかなって思う。神様は言霊に姿を変えて明るい方に導いていってくれるんだろうなぁって。でもそこへ歩き出すのは自分自身で。その軌跡こそが強くてひたむきで美しいなぁと思うよ。顕嵐くん自身にも、これからもたくさんの夢を見てほしいし、見つけ続けてほしいし、ずっと待ってたと愛しく思うことができる瞬間にたくさん巡り合ってほしいと思います。



(文中でさらっと出しましたが、奇蹟についてはこちらを参照ください。) 




あの舞台で輝く顕嵐くんの姿そのものが、全てが、わたしにとってはメッセージでした。たくさんのことを感じ、様々な気持ちになりました。トンボをとおして伝えようとしていることを考えたり、これを成立させるためにどれほど頑張ったんだろうと思いを馳せたり、これから先君はどんな未来を描くんだろうと思ったり、頑張る顕嵐くんの姿そのものが大きくて特別なメッセージだった。いまの年齢、環境の顕嵐くんだからこそ演じることができた役柄であり演じ方だったと思うし、ご縁の巡り合わせには本当に感謝しかない。


大阪公演もありがたいことに観劇させていただくのでまたがらっと印象が変わるのかなぁと、今からわくわくしています。



歌や台詞を聞いていて、やっぱり児童文学が原作だからこそ、言葉がシンプルでそれでいてすごく綺麗な言い回しだなぁと改めて実感しました。

原作にあるおソノさんの台詞、「魔女をうちに泊めるなんて、たぶんちょっとすてきなことだと思うの」が、わたしはすごく好きで。それが舞台で聞けたことも、さらに素敵な台詞になってもう一度聞けたことも本当に嬉しかった。言葉選びって大事だな、自分もこれからも大事にしていきたいと思いました。そんなことを考えてたらこんなに長い文章になっていたよ。大反省です!


でも、こんなにも想えるひとがじぶんの心の中にいるなんて、ちょっとどころかすごく素敵だと思うの。



ふふふ。


お し ま い !