他愛ない日常を彩って。 

10歳になりました

十年ひと昔、十年選手、そんな言葉をよく聞くけど、まさか本当に十年経つとは思わなかった。正確には十年後のことなんて考えていなかったし、やめることも続けることも変わることも十年前のわたしは考えていなかった。

 


十年前の今日、わたしはジャニオタになりました。

 



先日成人式を迎えたので、そっかぁ、人生の半分かぁ、、(笑)サードシーズンの主人公に玉森裕太くんを迎え、現在進行形で楽しくおたくやらせてもらってます。

 


なにがきっかけかというと言わずもがなごくせんです。ごく出は永遠の新規という言葉がありますがわたしはその中でも2話出の新規です。意味わかんない。本当にたまたま起きていてたまたま2話を見てあっという間にあかにし担になりました。このとき担当とかいう概念は知らないけど。いつ知ったのかなぁ。次の日スーパーの雑誌コーナーでポポロさんと出会う。中央やや左に見つけた、見つけてしまったごくせん特集。前髪上げてる隼人だ、、たじろぎが隠せないわたしに「きのうかっこいいって言ってたじゃん、買ってみれば?」と促したお母さんには感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとう。娘はいまだにその雑誌にお世話になっているよ。お年玉がドル誌に支払われることになるなんて、元旦のわたしは知らないし、お年玉サイドも予想しなかったと思う。なんとなく恥ずかしくて裏表紙でレジに持っていったこと、よく覚えてる。その勢いのまま次の月の3誌も買ったしみょーじょーさんも買った気がする。さっそく破産である。

 



ちなみに玉森くんとはここから1年後かなぁ、二年後かなぁ、とにかくMyojoさんではじめましてをしました。はじめて見た玉森くんはとてもかわいかった。はじめて見た玉森くんは、女子高生の格好をしていました。似合っていた。プリティーと書かれていたよ。おっさんたち見るなよって気持ちはわかる、ただ涼しいのはいい、よくわからなかったけど、このときから、もしかしたらかわいいかわいい愛でることは決まってたのかなぁなんて、おたく、運命とかそういうのきらいじゃないのでむふふと思ったりもします。宮田くんの腕に抱きついてた。なかよしなのかなぁとぼんやりおもっていたふたりが今月のポポロで制服ニケツデート見せつけてくるみたいなので、すごいですね宮玉って。



KAT-TUNとおなじイニシャル表記だから兄弟グループなのかなって、モー娘。とミニモニが好きだったからなんかそんなことも思ったりしました。コック姿の二階堂くんってひとが好きかもしれないと思ったけど下の名前が読めないというそんな理由でキスマイだったら玉ちゃん(誰かが呼んでるのを見かけたんです確か。かわいい名前とか呼び名を声に出して呼びたい性なんだとおもいます。いま声に出したい名前はあらんちゃん。)かなぁなんてかんがえる。ちなみに初恋のひとが貴と書いてタカシくんだったので二階堂貴くんだったらそれはそれでなにかが変わっていたかもしれないね。いまがすごく幸せだからあらためて高嗣でいてくれてありがとうね高嗣。


 

記憶は自分のいいように書き換えたりができそうだし、無意識にそうしてしまいそうなのでできるだけさらっと書いていこう。決意はしてる。けど難しいなぁ、いろいろ思い出しちゃうねぇ。

 


そうこうしているうちにKAT-TUNはデビューして、子供ながらにこれすごいことなんだろうなぁってたくさんテレビで彼らを見るうちに思ってて、そうこうしているうちに自担あかにし留学しました。不安とかそういうの感じてる余裕はないしとりあえずわたしも英語がんばろうとかそんなこと考えてやり過ごそうとして。ライブの振込用紙がきたけどやっぱりはじめて行くライブはいちばん好きなひとがいるのがいいって申し込まなかった公演のアンコールで復帰しちゃうんだから、ずるいよね。でも、うれしかった。ほっとした。見てていいんだって思えた。翌年2008年のライブに行ったわけなのですが一番に出てきたのは藤ヶ谷くんでした。目の前にいらっしゃいました。俺の相棒北山宏光ーーーー!!って北山くんの紹介されたことすごく覚えてるし、バックで踊るふたりを見て、あーこの人たちいつかデビューするんだろうなって中学生のわたしですら思ってしまった。ギラギラしてた。きっと玉森くんもいたんだろうけど、ほんとに知らないんです。そういうものなんでしょうか。後悔してないと言ったら真っ赤な真っ赤な嘘になりますが、きっとこれもご縁。

 


でも、なんとなく、ほんとになんとなく疲れてしまった。いろいろ思うことはあるけど、自分自身にですね、きっと。CD発売が決まって、あっ買わなきゃって感じたとき、そう思うようになった自分に気づいたときに、もうやめようって。具体的なことはよくわからない。なにかと理由をつけてしまうけど変わったのはわたしの気持ちで、それだけで、担降りというよりはむしろフェードアウトでした。

 


 

映画ごくせんに玉ちゃんが出ていた。ドラマにも出ていた。かわいいと思った女子高生な玉ちゃんはいなくて、短ランに金髪の不良くんになってた。玉ちゃん推されてるんだなぁって、それはわたしでもわかった。そのときもその時期に見てた雑誌でもちょろっと残す前髪が気になって仕方がなかった。これセットにどんだけかかるの玉ちゃん、、

 


 

そしてこのときにはもう「嵐だったら誰が好き?」という会話があたりまえに友達との中にあって、ん~リーダーかなぁと答えていたわたしはすっかり「みんな好きだけど大ちゃんがいちばん好き!」と答える嵐担になっていたわけです。すっかりお茶の間のアイドルでその感じもそのときのわたしには合っていて、嵐というグループが好きになっていてその中で特別好きなのは大ちゃんで、円満に家族ともども嵐さいこう!五人で嵐!なゆるゆるハッピー状態でした。嵐はいつブレイクしたのかが少し前に話題になっていましたが、わかりません。でも、わたしが見てた嵐はずっとブレイクしてたとおもいます。興味のあることしか目を向けないわたしが、彼らを知ることができたわけですからね。ラキラキベイブだね。


 


キスマイのデビューを知る。「自分の誕生日に、以前応援していたグループのほぼほぼ専属のバックの子たちがデビューする」、親近感を感じずにはいられなかった。お金はかけれないけど応援する気持ちは満ち溢れていたのでそれを視聴率として差し出そうと、見てる番組にキスマイが出てきたらとりあえずチャンネルは変えないっていう謎のキャンペーンを開始。このときに、あの玉ちゃんの風貌がまったく違うことにやっと気づく。女子高生でも金髪でもない、ちょろっとどころか前髪がひとつもない綺麗な顔を全面に出してセンターに立つ玉ちゃんを見て、このひと推されてるどころじゃないんじゃないの、、、いまは真ん中にいる人なのかぁ、、と不思議な気分になる。美男ですねにまんまとはまり廉さんはーとまーく状態になるものの最終回の横アリ客席でのシーンを見て、玉ちゃんのファンはたいへんだなぁと感心して、おわり。

 



話は戻りますが、嵐を応援するのはそれはもう楽しかった。追いつかないほどのメディア露出に万人向けである完成度の高いライブ。DVDアイドルといわれるだけあって買ったDVDは本当に見ごたえがあって擦り切れる勢いで再生した。どんどん大きくなるのに本人たちはいたってシュールで親しみやすさがあって、なによりメンバーの仲が良いことがダイレクトにわかるのがすごく楽しかった。このままゆるいだろうけど嵐を好きで、ファンでいるんだろうなぁってぼんやりぼんやり思いながら毎日を過ごしていました。 

 

 



でもほんと人生なにが起こるかわからない。気になってるんだ確実に。キスマイが気になっているんだ。椎名林檎嬢がだいすきなので、なんでキスミント、キスマイになってるんだ!おこ!となっていたはずなのにしーはーはーやらちゅっちゅっちゅーやら頭から離れない。えーなんでなんでなんで。ちょっとしたパニックでした。でもわたしには嵐さんがいるよ、智担としての呟きをしなきゃいけないんだよ、っていつか感じた義務感のようなものを感じては取っ払ってを繰り返して。手ではyoutubeを開いて夜な夜なキスマイを聞いていました。運命がーるの玉ちゃんかわいいね、、ちゅっちゅっちゅーのPV意味わかんないけど玉ちゃんかわいいね、、3Dgirlのリピートが止まらないよ、、!!!再放送の玉ねぎ生活をも追い風に(リアルタイムでは裏がVS嵐だったので見てないんです。CM中にたまたまかけたら玉ねぎ切ってる姿を見て、玉ちゃん、、?となったのはいい思い出)、ついに  玉森裕太  でぐぐってしまった。玉ちゃんはいとこのお姉ちゃんと同い年だった。ものすごく天然らしい。メンバーの宮田くんと仲がいい。宮田くんといるときの玉ちゃんがすごくかわいい。女子高生の玉ちゃんの画像が出てきて、あーなつかしいなぁとぼんやりする。なんとなく知っているひとな気がしてたけどわたしは玉ちゃんのことなんにも知らないんだなぁ、知ってみたいなぁと、やっとやっと認めてしまい、掛け持ちを名乗ることになります。

 

 

お金がかかるなたいへんだぜと思いましたが意外にも長く続かなかった。気持ちに嘘はつけなかった。でも、嵐を好きだという気持ちも変わらずにあって、ここはすごく、どうしていいかがわからなかった。いままでどおり掛け持ち表記でいればいいのかなとも思ったけどそれもしっくりこなかった。勝手に好きでいるんだからなにも背負う必要ないのにね。おたくって本当にわがままです。でもきっとひとつ言葉にすることで自分のなかで線を引きたいだけなんだと思います。ほかのひとから見たら「飽きたんでしょ」の一言ですまされることも、その人の中で想いがあってそれを昇華してあげないといけない。だってそれくらい好きな人だったから。さよならひとつで終わりにできない、したくない、でもいま自分が望むのはさよならを言うことで、それならばちゃんとありがとうの気持ちも伝えたいから、長々とありきたりな言葉ではあるけれど、担降り宣言というものをするんだと思います。嵐に関してはやっと降りる宣言ができそうになったのがハワイでのライブが決まってちょうど嵐担自身が担降りに過敏になっているときで、平和主義のはずなのになぜあのタイミングで言おうと思ったのかはわたしにもよくわからない。でも言葉にしたらすごく清々しかった。わたしの気持ちが変わっただけだと、もう担当として特別として見ることはしません、特別ではなくて大切です、と。落ち着いてから聞いただいすきな「いつまでも」。泣けたなぁ~。「君と生きた毎日 ただ君だけを愛した日 たぶん 僕のすべてが君のそばにあった」勝手に歌詞の 君 に担当を重ねるのはほんとうに悪い癖だけどひとつひとつの過去形がすごく染みた。いい感じに染みた。