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他愛ない日常を彩って。 

タイムマシンが使えたら

玉森裕太 おもたいお話

カテゴリーの作り方を知れたので、おもたいお話などというカテゴリーを作ってみました。さぁこれで思う存分おもたいお話ができるぞ(腕まくり)普段からおもたいわたしがカテゴリーに分類するってことはああ今回は自覚があるんだな、よっぽどなんだなと思ってもらえたらと思います。お手数おかけします。

 

もしも、もしもの話です、タイムマシンが使えたら、使いたいかな使いたくないかな、暇があったら考えてる。わりとよく考えてる。暇なひとなんです。

 

いまを愛せたらそれでいいって思っているし、声に出してもいるけれど、やっぱり、もっと前から好きになれていたらなぁって思います。正直なお話。好きだと感じるタイミングが増えれば増えるほどそう感じる瞬間も増える一方なので、好きでいる幸せと切なさを噛みしめる毎日です。いま書いてて思ったけど、それって、好きだと感じる瞬間が、毎日あるってことだ。やっぱりどうしたって幸せのほうが大きいみたいです。これから少し切ないお話をしようと思ったのに勝手にほっこりして勝手に泣きそうになってる。お騒がせなおたくです←

 

たぶんおそらくわたしは、玉森くんにひとめぼれしたかったのだと思います。知った瞬間に好きになったら過去を振り返ることもしなくていいから、です。このタイミングで好きになることが変えられないならいっそ、それまでずっと玉森くんのこと知らなければよかった、ってそんなことを考えてしまう、くろい夜もあります。好きになるまでの六、七年、玉森くんの存在をただ知っていたからこそ、むしょうに、むしょうにタイムマシンに飛び乗りたくなります。

 

(失礼なお話ですが、)正直、好きになるって思わなかったんです。ずっとなんとなく知っていたひとを、いまさらもっと知りたいと思うようになるなんて、ないと思ってたんです。そんなパワーが自分にあるなんて信じられなかったんです。だから玉森くんがわたしにとって、存在を知っている人としてではなくなんだか少し気になる人になっていたときも、見て見ぬふりをしたり、気になるだけ、一時の気持ちなだけ、これ以上にはならないよって変に言い聞かせたりしてました。すごく息苦しかった。

 

でも、ほんと、どのタイミングかはわからないけど(TVガイドPERSONがきっかけとしては怪しいなぁと思っています)、自然に落ちてました。あーもう無理だ、どう考えたって気持ちは玉森くんに向かっているし、世界の真ん中にいるのはそのときすでに玉森くんだったし、この先見てたいと思うのもぜんぶぜんぶ玉森くんでした。いつのまにこんなに惹かれてたのか、引き寄せられてたのかわからなかった。敵わなかった。染まってた。緩く柔く心とらえて掴んで離してもらえなかった。んんー、離れたくなかったのかもしれません。

 

ちょっと話がそれますが、A.B.C-Zの戸塚くんが玉森くんのことを木漏れ日と表現してくださっていました。素敵な表現だなぁと思いました。きょうこの記事を読み、突き動かされるようにいまブログを書いております。木漏れ日に誘われて、居心地がいいそこに居続けたかったのかなぁ。これも今日知った話ですが、木漏れ日には正確に対応する英単語がないそうです。ほかの国の言語にもいくつかそういう単語があるそうですが、その記事では木漏れ日が日本語代表として書かれてて、なんだかすごく誇らしかった。そんな素敵な美しい言葉を使って玉森くんを表現してくれた戸塚くんにあらためて感謝です。

 

一時の気持ちだけだと言い聞かせていた自分がいたからこそ余計に、どこが好きなのか、いいなと感じたのかを毎日のように細かくうるさく綴ってしまっています。その都度、あーこういうとこが好きなんだなと実感する。長々としたツイートをしてしまうことが多いので、わたしなんかがこんなに語っていいのかな(いまさらのお話)と、ほんとに毎回、ツイートを送信するボタンを押すのをためらってしまうのはそろそろ直したいわるいくせです。毎度お騒がせしております。

 

 

いまを好きになれたから、君を好きなわたしになれたから、むかしの君も好きだと感じられるのであれば、やっぱりいまのわたしはとびきり幸せなのだとおもう。先のことはよくわからないし、君がいるかもわからない。いまそこにいてくれる幸せ、想える幸せをあたえてくれる君をせっかく好きになれたんだから、めいっぱい感じていきたいとおもう。改めて、好きにならせてくれてありがとう。永遠なんてこと言わないから、刹那ができるだけながく重なりますように。

 

 

 

 

ここまで書いて、A.N.JELLの「ふたり」聞いて号泣しています。

落ち着けおたく。おもたいおたく。